代理店・制作会社向け
海外の代理店が
「日本もやります」と
言えない理由
能力が足りないからではありません。
良し悪しを判定する基準を、日本市場についてだけ持っていないからです。
代理店・制作会社向け
能力が足りないからではありません。
良し悪しを判定する基準を、日本市場についてだけ持っていないからです。
海外のマーケティング代理店や制作会社から、同じ相談を受けることがあります。既存クライアントから「日本でも展開したい」と言われた。断りたくない。でも受ける自信もない。
この迷いは正しい。実際、日本案件を安易に自社で抱えて、クライアントとの関係ごと傷つけた会社を見ています。そして失敗の形は、だいたい三つに分かれます。
欧米やアジアの主要市場で使ってきたチャネルの組み合わせは、日本ではそのまま機能しないことがあります。検索エンジンやSNSの利用比率、業界メディアの影響力、そしてBtoBでは、いまだに展示会と業界紙が意思決定に効く領域が残っています。
これは「日本は遅れている」という話ではありません。誰が読んでいるか、が違うだけです。担当者がSNSで情報を集めていても、決裁に上げるときに添える資料は、業界紙の記事や展示会で得た名刺だったりする。この構造を知らないまま予算を配分すると、数字は動いても案件が動きません。
配信は届いています。
届いた先が、決める人ではないだけです。
三つのうち、最も見落とされていて、最も高くつくのがここです。
翻訳は発注できます。納品物も受け取れます。しかし、それが良いのか悪いのかを、社内の誰も判定できません。クライアントに納品した日本語のコピーが、日本人が読むと不自然だったり、業界で使われない用語だったり、あるいは丁寧すぎて響かない文体だったりする。
そして恐ろしいのは、この失敗はクレームとして返ってこないことです。日本のユーザーは黙って離れます。クライアントが日本法人を作った数年後に、現地スタッフから「あのサイトの日本語は読めたものではなかった」と聞かされる。そこで初めて分かる。
安い翻訳と高い翻訳の違いが説明できない。クライアントに「なぜこの見積か」を答えられない。結果、価格でしか選べなくなる。
納品された日本語を読んで、良し悪しを言語化して返せる人。作る人と、判定する人は別です。ここを兼ねさせると、レビューが機能しません。
結局のところ、日本の実務は日本の誰かに頼むことになります。制作会社、PR会社、リサーチ会社、通訳。問題は、候補が3社出てきたときに、どれを選べばいいか分からないことです。
提案書はどれも良く見えます。価格は幅がある。実績欄には知らない会社名が並んでいる。この状態で選ぶと、多くの場合、英語が達者な会社が選ばれます。英語が達者であることと、日本市場での実行力があることは、まったく別の能力です。
見るべきところは、いくつかあります。
日本市場は業界ごとに商習慣がかなり違います。消費財で強い会社が、産業機械でも強いとは限りません。「日本での実績」ではなく「その業界での実績」を聞くこと。
提案に出てくる担当者と、実務を回す担当者が違うことがあります。英語で話せる人が窓口に立ち、実務は別の人が日本語でやる。この体制自体は悪くありませんが、知らずに契約すると、伝言の劣化に苦しみます。
すべての依頼に「できます」と答える会社は、危険な兆候です。「それは我々の範囲外です」「その予算では成果が出ません」と言える相手のほうが、結果的に安く済みます。
選択肢は三つしかありません。
自社で抱える。日本の実務を社内で回す。上の三点を自力で解決できるなら、いちばん利益は残ります。ただし、判定できる人を採用するか、育てるかが前提です。片手間ではできません。
クライアントに別の会社を紹介して降りる。正直ですが、そのクライアントの海外展開の全体像から自社が外れます。次の国の話も来なくなります。
間に立つ。日本の実務は現地のパートナーに出しつつ、クライアントに対する窓口と、品質の判定責任は自社が持つ。現実的なのは、たいていこれです。ただし、この形が成立するのは、判定ができる相手を確保しているときだけです。判定できないまま間に立つと、ただの伝言役になり、問題が起きたときに何も説明できなくなります。
日本案件の相談を受けたとき、見積を出す前に確認すべきことが一つあります。
クライアントは、日本に人を置くつもりがあるか。
置くつもりがあるなら、いまやる仕事は「その人が来るまでの地ならし」です。置くつもりがないなら、日本での問い合わせ対応を誰がやるのかを、いま決めなければなりません。ここが決まっていない案件は、成果が出た瞬間に崩れます。問い合わせが来ても、日本語で返せる人がいないからです。
この一点を最初に聞くだけで、提案の形が変わり、見積の根拠が説明できるようになります。