人手不足と受け入れ
外国人スタッフが辞める理由は、
たいてい仕事ではない
書かれていないルールの罰だけが、
公開の場で、本人によって支払われます。
人手不足と受け入れ
書かれていないルールの罰だけが、
公開の場で、本人によって支払われます。
先日、深夜に近所のラーメン屋に入りました。初めての店で、券売機の操作に手間取っていたところ、働いていた若い男性が助けてくれました。
「ライスはあそこです。無料ですよ」「トイレはあちらです」
日本語でした。語尾は「ありがと!」「おつかれ!」という、丁寧語ではない、少しくだけた言い方でした。私は、接客として良いと思いました。あとで聞くと、カナダからの留学生でした。
しばらくして、酔った3人組が入ってきました。そのうちの一人が両替を頼み、彼が同じ調子で「おつかれ!」と返しました。
それが全部です。それだけで、始まりました。
「態度がなってない」「お疲れ様だろ」「謝れ」「俺が教えてやる」。連れの2人は冷静で、「もう気にするなよ、食べようぜ」となだめ、代わりに謝りまでしました。それでも収まらず、ラーメンが届いたあとも続きました。最後は容姿と出身国の話になっていました。
彼は働き続けていました。連れの人が謝ったとき、彼はこう答えています。
「もう大丈夫っすよ」
大丈夫ではありませんでした。それでも、彼はそう言いました。
酒に酔った一人の客の話なら、書く意味はありません。日本は、外国人にとって敵対的な国ではありません。実際、3人のうち2人はきわめてまともでした。
書く理由は別にあります。いま、人手不足を理由に外国人を採用する会社が急速に増えているからです。そして、その多くが「半年から1年で辞められる」という同じ結果に行き着いています。
経営者に理由を聞くと、たいてい答えは「時給」か「ホームシック」です。どちらも、本人から直接聞いた答えではありません。
あの店員は、どんな常識的な基準で見ても、ルールを破っていません。丁寧ではなく、親しげだった。それだけです。
ここに、外国人を受け入れる日本企業が直面する構造が、ほぼ全部入っています。
敬語をどこまで使うか。誰に対して、どの場面で。これを明文化している会社は、ほとんどありません。日本人の新人は、数か月かけて周囲を観察して覚えます。外国人スタッフにも、同じ方法を期待しています。
しかも、その幅は本人が思っているより狭い。「親しみやすい」と「失礼」の境界が、言語的にほとんど地続きです。日本語を学んだ人ほど、くだけた言い方を「親しみの表現」として覚えます。間違いではありません。場面が違うだけです。
ここが決定的です。社内なら、上司が「この場面では丁寧語のほうがいい」と一言伝えて終わります。ところが現実には、注意するのは客で、場所は店頭で、しかも公開の場です。教育ではなく、見せしめになります。
そして最後に、これが起きます。彼は「もう大丈夫っすよ」と言いました。日本語が不自由だからではありません。自分がその場を収めるのが筋だと判断したからです。店長は、この出来事を知らない可能性が高い。
こうした出来事は、1回では辞める理由になりません。3回、5回と積み重なったとき、ある日「家庭の事情で」と言って辞めます。
会社に残る記録は「家庭の事情」です。だから次の採用でも、同じことが起きます。原因が記録されていないので、対策の立てようがありません。
離職率の分析をいくらやっても、この層のデータは出てきません。最初から報告されていないものは、集計できません。
研修を増やすことではありません。多くの会社がまず研修を手厚くしますが、効果は限定的です。問題は「教えていないこと」ではなく、「起きたことが上がってこないこと」だからです。
マナー研修を増やす。敬語のマニュアルを配る。歓迎会を開く。これらは悪くありませんが、客からの叱責を防ぎません。そして辞める決断は、たいてい客との場面で積み上がります。
「報告する経路」を先に作ること。本人の本能は、黙って飲み込んで何も言わないことです。だから「言ってもいい」では足りません。こちらから定期的に聞く仕組みが要ります。
具体的には、次の3つで足ります。
採用にかけた費用より、
退職の理由を知らないことのほうが高くつきます。
最後に、正直に書いておきます。
私はバスの時間があったので、終わるまで見届けずに店を出ました。出る前に彼に英語で出身を聞き、「気にしないでいい、自分は全く気にならなかった」と伝えて帰りました。それ以上のことはしていません。この文章のなかで、私がいちばん落ち着かない部分です。
そして、自分にも返ってきます。私は海外で仕事をするとき、日本語で話すときより砕けた話し方をします。誰からも何も言われたことはありません。それは、誰も何も感じなかったという意味ではありません。
相手を尊重することと、自分の常識を押しつけることは、違います。もし本当に気になったなら、「この場面はお疲れ様のほうがいいよ」と一言、柔らかく伝えればよかった。それで終わる話でした。